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音雲dig

QOLを上げるための音楽と、そして情報を。

日記と最近読んだ清水亮氏の本についてかく

レビュー 雑記・所感

あけましておめでとうございます。

今年もぼちぼちBlogの更新をしていきます。

去年よりは記事を書きたい。

去年は少し少なかったな。

 

日記

良い年越しだった。

よく休んだしよく遊んだ。

30日に軽めのギックリ腰になってしまったのが残念。

ジムにもう1,2回行こうと思っていたが休みにした。

前にギックリ腰になったときは5日くらい寝込んだのでそれより遥かに症状が軽い。少しずつ背筋もついてきているからだろうか。

しかしお腹周りがまだまだ重く、この贅肉のせいでギックリ腰の恐怖から当分は逃れられそうにない。今年こそはお腹周りを鍛えなくては。

 

ガキ使の斎藤工に大笑いしてしまった。誰かが書いていたが、

「最近のガキ使は『え、こんな大物がこんなことを』というのの発表の場になっているから笑わざるを得ない空気があって窮屈」だと。

しかしまあ年末に一回くらいならそれもありかなと思う。

大物だってガキ使を楽しみにしているしいいんじゃないかな。

 

 

清水亮 『文系でも知っておきたいプログラミングとプログラマーのこと』ダイヤモンド社

 

さて最近いくらか読書をするようになった。

2017年は50冊を目標にしている。

月4冊強だ。

 

その初っ端(本当は2016年内だけどまあいいや)に読んだ本が清水亮氏の本で良かったと思う。

この本と、後述の教養としてのプログラミング講座はプログラミングについての知識を「ゼロからイチに」してくれる本だ。

 

僕は今まで不勉強で生きてきたので大して本を読んでも面白くなかった。それを変えてくれたのが池上彰氏なわけだが、この本も知識がない人に少しでも大枠を理解してもらえるように設計された本だ。

難しい言葉を使っておけばみんな勝手に勉強すると思っている物書きは少なくない。

逆なのに。

せっかく読書している(=勉強している)のだからサクサク読めて、どんどん知らないことを知りたいのですよ、バカな読者は。

 

文系でも、というのは無知で勢いだけのビジネスパーソンを示唆しているのではと思う。

まさに自分だ。

でもこの本を読むことによって、プログラミングやプログラマーが全く別世界にいることがわかったし、しかし彼らによって作り出された世界は周りに無数に存在していることがわかった。

一言で言うととても面白かった。

図書館で借りたけどこれは書い直してもいいな。

 

 

清水亮 『教養としてのプログラミング講座』中公新書ラクレ

 

これも面白かった。

周りにこれだけプログラムされたものが溢れているとは。

結婚式、学校の入学式や卒業式だって「プログラム」されたもの。自分が直接手を触れずとも勝手に動くように設計されたものはプログラム。

読み終わった後に自分が少し賢くなった気がしてしまう麻薬のような本。

危ない。

 

でもプログラミングされたものがこれだけ世の中を支配しているのだからそれを学ぶのは間違いなく教養の一部。

むしろ、縄文時代の土器は縄の模様がついているなんて話よりよほど学校で学ぶべきものかもしれない。

学校でいくらか言語を教わったこともあったが、その前にプログラミングとは身の回りではこんなものやあんなものすべてに組み込まれているし云々があったらもっと身近に感じたのかも。

これだけスマートフォンを毎分毎秒触っているのにプログラミングやプログラマーについてちっとも知らないなんてことの方が異常だったかな。

 

さて次はまた別の本を読んだらまたなにか書こうと思います。。。